2014年01月25日

支援の形

目に見えた形で手を差し伸べるだけが支援じゃない。

望めば「支え合い」が起こっている。

介護の問題は究極に現実を叩きつけられるから

いろんな利害関係や昔からある家族関係など

表にあらわにされがちです。   

現実的に介護に携わる家族に目が行きがちだけど、

ひとりの人の生活(人生)を支えるのは、

手を差し伸べて助けることだけではないですからね。

何クソ精神を喚起したり、人生を深く振り返る出来事が起こるきっかけになったり、

ケアマネには見えない家族だけが感じる支援の形が存在したり、

負(無)の状態にも見えない支援はいっぱい隠れています。

その人を取り囲む「支援の輪」をもう少し大きく見て捉えられる「目」がいります。

介護する側もされる側も、みんな人間ですから。


本当の支援の形をイメージしていくことができれば

家族の方たちへの声かけも変わってくるような気がします。

  

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2013年10月21日

外に出ることが苦手

50年以上体に障害を負って車椅子生活をしてきた方が

体調不良を訴え、入院されていましたが、

とうとう昨日、お亡くなりになられました。

極度の免疫低下により感染を起こしてしまった模様です。

当社がケアマネを担当していました。

関わらせていただいてからもうかれこれ3年くらいになるのかな。

なかなか外へ出ることが苦手な方で、

介護サービスも通院時に介護タクシーを利用される程度でした。

何十年と奥様一人で介護なされていて、

たまに奥様が本音を言います。

1週間に1日でもいいからデイサービスにいったり、

月に1泊でいいからショートステイを利用してくれれば

私の体も休まります。

と。

でもどうしてもサービス利用に結びつきませんでした。

それでもある意味わがままな旦那様をいつもあったかい心で

文句一つ言わず、介護し続けました。

12月に奥様が脊柱管狭窄症の手術をすることになっていて、

数週間入院することが決まっていました。

その間おじいさんをどうするか?という問題で

ケアマネが頭を抱えていろんなプランを立てていましたが、

その必要もなくなってしまいました。


妻がいなくなる。

これがご本人の病気を一気に悪化させることになったと予想されます。

目の前が真っ暗になってしまったのだと思います。

こちらから見れば、少しの間のことなのにと感じてしまいますが、

ご本人にとっては本当に大きな問題だったのかもしれません。

将来への不安も含めて...

長年ずーっと連れ添った人が自分のそばからいなくなるという現実は、

命すら奪ってしまうほどのものであるとこれまで痛いほど

思い知らされてきました。

外に出ることが苦手で社会とのつながりをなかなか持てない方は

何かに依存する力がかなり高くなりますので、

いろんな意味でリスクが高いです。

こういう方への介護を考えるとき、

完璧な「介護」ってこの世にあるのかなと思ってしまいますね。


ご冥福をお祈りいたします。

  
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2013年05月12日

あとは死を待つのみ

口から食べられなくなってしまった。

胃瘻もつくらず、点滴も行わず、IVHの選択もせず、

ただそのままほかっておくことをご家族が選択した。

その背景にはいろんな要因が存在しますが、

胃瘻を作らないことを家族が選択できるわけだから、

周りは何も言えない。

ご家族の頑固な決断に支援の力が虚しく、無力感漂うケアマネセンター。

残された支援とはどういうものだろう?

ご本人が自己決定できない場合、家族の一つの決断で支援の内容が決まる。

家族の力の大きさと怖さをまた思い知らされる。


サービス型の介護保険。

虐待問題も含め、問題は山積している。


ケアマネジメントの重要性と無力さを同時に感じさせられる出来事です。


  
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2012年12月27日

優秀なケアマネとは…


先日あるケアマネに尋ねられた。


「優秀なケアマネになるためにどうしたらいいのでしょうか?」


その時、面と向かってすぐに答えられなかったので、


この場を借りて、


知識も技術も経験も必要だが、


やっぱり「ひたむきさ」じゃないのかな?


ドラッガーが言う「真摯さ」ですかね。


その要素がない中でいっくら知識・技術を身に着けられても...


いや、


優秀なケアマネになるための知識・技術をそもそも身に着けられない!


  
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2012年12月26日

本物の関係性の樹立

そこに「違和感」は存在しないか?


ケアマネージャーは相談役としての役目もあり、
相手の考えを尊重し上手に正しい方向へ導く役目であることは
間違いないのだけど、あくまで側面的な支援であり、
サービスをコーディネイトしていく中で、個人に介入しすぎることは
本来あるべき姿ではない。

それに、人の頑固な考えを変えることは決して簡単なことではない。


ただ、

家族や本人のかたくなな考えによって悲劇的な終りを迎える
方たちを目の当たりにしてきた中、

時には支援者側が上に立つ関係性が必要な場合があることもある。
強力な信頼関係を基礎にした「命令」が効く関係性である。

これは本当に難しく、かなり高度なテクニックが必要であり、
(主任ケアマネレベルかもしれませんが...)
一歩間違えれば「本物の支援」には程遠くなってしまう。

時々偉そうなケアマネがいますが、そう言う人とは違います。

特に親子や嫁姑の関係が強烈に悪い場合や、
家族や本人に精神疾患がある場合など、
困難を極める事例においては教科書に載っている支援者の姿では追いつかない。

信念と実績、説明能力と説得力、そしてそこから生まれる明確な変化...

特に「明確な変化」が起こらなければ単なる「押し付け」で
終わってしまいかねないのでそうそう簡単なことではないわけです。


要は「ケアマネージャーとして」「相談員として」「サービス事業者として」
という立ち位置を守りながら、相手によって「プラスα」を柔軟に
変化させていくテクニックが必要になるということです。


介護保険制度上は援助者と利用者   
ビジネス上はサービス提供者とお客様

という縛りがある中で、

どのような立ち位置でどのような関係性で関われば
相手にとっての最高の援助者になれるか、
常に支援しようとする相手との関係性を明確化する作業が欠かせない。


結局その人の人生はその人のもの。
その変えられない事実をどう捉え、どう本物の支援を目指していくか?
ケアマネージャーを筆頭に我々介護従事者の成長・進化は果てしない。

  
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2012年11月14日

やっぱり主役は利用者

とにかく自分を見てほしい!

かまってほしい!

自分が主役なんだ!


異常なまでに自分勝手でわがままなおばあさんがいます。


ご自身で動けるのに、「腰が痛くて全く動けない!」と訴えるのは
日常茶飯事のこと。
ある病院に行けば肩が痛いと訴え、
別の病院に行けば股関節が痛いと訴え、
また別の病院に行けば腰が痛いと訴える。
すべての病院で検査を受けても何も異常なし。

認知症があると思っていたのに、どうやら頭ははっきりしていて
演技をしているらしい。
それがわかってきたくらいから担当ケアマネも当人の言うことを
信じることができなくなってしまった。
またそれが当人に通じて、信頼関係は全く築けません。

そして最近またまた、そのわがままぶりが激しくなってきました。
息子様やお嫁様の怒りがいつ頂点に達して施設にぶち込んでしまうか...(言葉悪くてすみません)

そんな感じです。


このままひどくなっていけば確かに自宅で生活すること自体
難しくなっていくように感じます。
同居家族の精神的苦痛を作ってしまう場合(例えば虐待等)、
一緒に生活して行ける確率は低くなります。

何をしても状況は改善しない。

やっぱりもう在宅での生活は無理なのか。

この方が何かまた問題を起こすごとにケアマネは頭を抱える。


しかしあえてこう言う状況だから考える...

利用者さんがどういう方であっても、環境がどういう状況でも、
我々は究極の状態でも、利用者の幸せをを最後まで
考えなければならないとつくづく感じました。

家族と離すことが、そのうち避けられない状態になっても
利用者さんにとって最善の道を探し続ける。
それがケアマネにとっての大きな使命だと思います。

家族を守ることも大切だし、例え家族の気持ちに100%同感したとしても
やっぱり主役は利用者であり、利用者のケアマネジメントをしているのだと
思い返した事例でした。

当社5名いるケアマネが頭を振り絞って、いい方法を編み出していければと
思います。

  
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2012年11月03日

地域包括支援センターの壁

今に始まったことではないのですが、
この介護保険の仕組み自体が辛く感じる時が多々ある。

介護が必要だと判断されたご利用者やご家族は大体市役所などへ
相談に行く。
その後、だいたい地域ごとに振り分けられ地域包括支援センターへ
相談が行く。
市役所からしてみれば、要介護が出るか、要支援になるかわからない状態で
包括以外の事業所へなかなか依頼しようとしない。
市役所の怠慢だと言いたいくらいだけど言えない。
事務処理の流れができてしまっている。

包括支援センターのないうちのような事業所にとっては
新規顧客の流れができず、なかなか辛いものを感じる。
包括支援センターに利用者が流れていくので、
包括支援センターに媚びなければいけなくなる。
(ビジネスにおいての関係性も制度によって出来上がってしまう)


でも最近、考えが変わってきました。
考え方もやり方も合わない他社と「何か」なければ関係を持とうとしないものだ。
でも介護には「地域連携」が必須。
媚びるくらいの姿勢で関係を持続するのも悪いことではないかな、と。

それと同時に、ケアマネセンターの相談技術をもっともっと上げていかなければいけないな。


とにもかくにも、介護保険制度にはなかなか逆らえない!


  
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2012年07月22日

「毒まんじゅう」に学ぶ介護技術論

「施設に押し込められたらどうしよう?」

「じゃあ、お嫁さんにいい顔しなきゃ!」

ご家族の介護疲れが顕著に現れ出した先日、お嫁様が体調を崩され
ある利用者さんがいこいの里で緊急でショートサービスを受けた。

この利用者さん、頭がよく、ちょっと意地悪なところがある。
(ちょっとじゃないかもしれない...)
愛情に飢えて育ってきたことが原因か、自分でできることも
周りに甘えてやらせてしまう。


お嫁さんはとても真面目な方でそれが災いしてか、

「嘘をついてわざと私たちをいじめようとしている、もう限界!!」

と少しノイローゼぎみになってしまった。

このまま施設に入ってしまうのではという流れだったのだが、
ご本人の強い思いと、ご家族のまだまだ残っているご本人への配慮や愛情で
今回は見送りになった。



施設に入らないようにがんばろう!

状況が状況なだけに担当看護師は今回真剣にご本人とお話されました。

とりあえずトイレを一人で行えるようにしましょう。
リハパンの右側をまず右手で上げて、それから左側に手を回して
左の後ろ側を上にあげる。

ぜんぜん一人でできるじゃないですか?

これからお一人でできますか?

できます!


トイレを一人で行えるようにすることですべての問題が解決されるわけではないですが
できることも「できない!」として、周りに甘えてしまっている利用者にとって
大きな変化になります。
そして利用者さんの変化が周りをすこーしずつ変えていきます。


嫁、姑関係をテーマにした「毒まんじゅう」という物語を知っていますか?
互いにちょっとした気配りで理解し合えることを説いています。

(ある記事からの抜粋)

意地悪で嫁いじめをする姑をひどく嫌い、毒殺してでも苦しみから逃れたいと考えた嫁。
考えあぐねて、ある医者を訪ね、
「姑を緩やかに殺せる毒を調合してください」
と懇願します。

嫁の立場に同情した医者は「これを少しづつ飲ませなさい」と、
望み通りの毒薬を調合してやる。
嫁は喜び、毎日のように美味しい饅頭を買っては、それに少しの毒薬を混ぜて、
姑に食べさせるようになりました。

ところが、姑はそれを誤解して、「嫁がすっかり優しくなった」と喜びます。
それで今まで全くしなかった、家の掃除や食器の片付けを手伝うようになるのです。

すると、今度は嫁の気持ちに変化が起こりました。
ある日、医者のところへ訪ねて言います。
「先生。姑が意地悪をやめて優しくなりました。
これなら一緒に暮らしていけそうです。もう毒薬は要りません」

それを聞いた医者は、それならと言って、告白をします。
「あなたに渡してきたのは、毒薬でも何でもない。
これからは、毒入り饅頭なしで、仲良く暮らしていきなさい」


「嫁が良く変わった(ように見えただけだが)ことで、姑が変わった。
姑が優しく変わったことで、嫁の姑に対する気持ちが変わった。
ウソでも変わったように見せるだけで、相手は態度を変えるのなら、
本当に変われば、どれくらい相手を変えることができるだろうか」



野口嘉則著書の「鏡の法則」にも似ていますね。

相手は自分を映し出す鏡で、自分が変われば相手も変わる。
そんな単純なことでも、我々にはなかなか難しいことです。


「利用者本位」という考えも少しずつ変化してきている。
利用者を取り巻く環境要因が及ぼす影響はかなり大きく、
やはり一番であるご家族の問題なしにその方の問題解決には当たれない。

ケアマネジメントする上で本当に難しいところは家族特有の問題に
仲介として入らざるを得ないときがあり、
利用者さんとご家族の双方の言い分を聞きながら、
何が一番ベストな方法かを探っていく作業は困難を極めます。
利用者さん側が少し弱いと、施設に入れて「一件落着!」となるケースが
本当に多いことに疑問を投げかけてきましたが、じゃあ果たして何ができる?となると
次の一歩が出てこない。

ケアマネだけでは解決できない問題は多々ある。
地域ぐるみで社会資源を作り出していくべきなのだが...


行政を動かして...

まずいこいの里が目指す「家族会」の創設...
急がなきゃ!


  
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2012年06月25日

未来への投資

当社ケアマネが担当する利用者様で、現在寝たきりの方がいらっしゃいますが、
数ヶ月前に入院され、そろそろ退院の話が出てきています。

そろそろケアマネが動き出していますが、
在宅生活が維持できるように一番いいプランを作成し
ご家族に示しますが、現在すべてのサービスを拒んでいます。
入院される前も同様のことが起こり、ケアマネの頭を悩ませていました。

一番の理由は「お金」であるようですが、
裕福とまではいかなくてもある程度の生活資金はあるようです。
だけど、お金がかかる!と尻込みしている状態です。

このままご本人がご自宅へ戻って、家族で面倒をみたとしても
絶対にうまくいかないのは目に見えています。

なぜならこれまでがそうだったから...
ご家族に「介護力」がないのです。

また同じことを繰り返し、病院へ入院して出費が出てしまう。
何度説明しても、その時は「わかった」と納得されるのだが、
必ず数日後に電話がかかってきて、「やっぱり…」となる。

これまでその繰り返しで、どうしてもうまくいかなかった。

このご家族には、「未来への投資」という考えが全く通じない。
目の前のことしか見られない。

何かあって入院することはしょうがないが、それを予防するための
介護サービスはなかなかこういう方にとっては受け入れ難いものとなる。


逆の考えの方もいます。

まだまだ元気で介護保険の認定がおりないようなおばあさんを
このまま将来家にいても寝たきりになってしまうのではないかと
心配されて実費負担でデイサービスを利用し、生活のリズムを整えて
元気なうちから予防に成功した方もいらっしゃいます。

ご家族の考え方でご本人が受けるサービスが変わってくる。
もっといえば、ご家族の価値観でご本人の最後の人生が変わってしまう。
これまでこういう例は何件も見てきました。

利用者さんやそのご家族の価値観を変えるというのは
本当に難しく、根気が要る作業です。
価値観を変えるというより、価値を認めさせると言ったほうがいいのかもしれませんが...


ただ、ある一つの物事に関して相手と信頼関係を構築することができたら、
それ以外(難航していた問題など)の部分まで信頼されてうまくいくことが多い。
何に対して相手と信頼を深めていくかがポイントです。

真っ向勝負することをやめて、自分の強みをいかせるラポール構築を
目指すべきなのかもしれません。

信頼関係がないところでの「提案」は何も提案していないのと同じ
という怖さがあります。


今回の退院時が本当に大きなチャンスです。
ケアマネがどうでるか?


  
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2012年06月21日

人を信頼できない病気

部屋が半端なく汚い(いこいの里10年運営してきて過去最高?)

コミュニケーションが取れない(話が噛み合わない)

そして、

一日に何度も何度も会社に電話がかかってくる


今、ケアマネセンターで一番話題沸騰の新規利用者がいます。


一番の問題は電話。


最近はエスカレートして、明朝4時から2~3分に1回のペースで
ひっきりなしに電話がかかるようになった。


ちょっと異常だと判断してケアマネが動く。
包括支援センターへ相談する前に、まず息子さんとしっかり話をしようと
自宅へ訪問。


「2~3分刻み?1~2分刻みじゃないですか?」

「おふくろは病気なんだからどうしようもないでしょ」

「何を言ったってダメですよ!」

今に始まったことではないということで、全く問題視していない。
別にいたって普通の息子さん。喋り方はとても丁寧で冷静である。
最初はそんな開き直り方に納得がいかなかったが
話を聞いているうちに、「確かにそうだ!」と思うことがちらほら...


「母親は絶対に人を信じない。信じることができない。」

最後に息子さんから出た言葉。


だから、介護タクシーを予約しても運転手の顔を見るまで
「ちゃんと来てくれるか?」
「8時30分に予約してあるけど大丈夫か!」

物がなくなると、

「大切なものを盗まれた!」

など電話をかけ、受話器を置いたらまたかける、の繰り返し。
こちら側からすれば、なんでこんなことで何回も電話をしてくるの?
と呆れてしまうが、本人からすると理にかなった言動。


異常な電話行為の裏にあったのは、
「人を絶対に信用できない病気(極度の被害妄想)」でした。


そこでヘルパーを入れることを決意。
部屋がとてつもなく汚いけれどなかなか掃除をさせてもらえない状態で
ヘルパーをプランに入れられなかったが、今回を機に息子さんに了承を得て
半ば強制的に行うことになりました。
部屋を片付けながら本人とコミュニケーションを取り、様子を見ます。


会話がなかなか成り立たないので、担当するヘルパーはかなり疲れてしまうけど、
その方の「不安感」をどこまでぬぐい去ることができるか?にかかっています。

がんばってみよう!


長年の人生において、人を信頼できなくなってしまった人を
これまで何人も見てきましたが、本当に不幸な人生です。

そういう方たちを見ていると、
若いうちから、騙されながらも「人を信じる」素晴らしさを経験することが
本当に大切だとつくづく感じます。


かくいう私も、「騙され人生」でしたので、人を心から信じることが苦手なのです。

今からちょっとずつ訓練していかなきゃ!


  
Posted by ikoi_news at 09:32Comments(0)TrackBack(0)| topへ↑